1. ●カリフォルニア州、アメリカ:20歳
    これは俺が書いたものじゃない。

    このアニメの説明。
    生きる目的の無い晶馬は陽毬を救い、彼女に家族を与え、林檎を分け合った。
    陽毬には生きる目的が出来たが、晶馬に何も与えていない事を気にしていた。
    その後、冠葉が家族として受け入れられ、陽毬にバンドエイドを貰い彼女に全てを捧げようと決めた。
    陽毬は知らないうちに冠葉と林檎を分け合っていた。
    何故なら彼女は彼に生きる目的を与えたから。
    冠葉が林檎を手にする事が出来たのは、彼が晶馬のように空っぽの人間じゃなく、護るべき大事な人たちを持っていたから(真砂子とまりお、彼の檻に書かれた言葉はそれを現わしている)で、彼の箱は外の世界とつながる事が出来、彼は林檎に手を伸ばす事が出来た。
    そして、彼と晶馬がそれを共有する事で晶馬にも目的が出来た。
    陽毬のために+冠葉=高倉家での暮らし
    それが晶馬がひたすら高倉家を維持し続けようとした理由。
    何故なら、それこそが冠葉と林檎を分け合った時に受け取った彼の存在理由だから。
    しかし、彼はいまだある種の空っぽ状態であり、それが彼の愛への欠落へと繋がるのだが、それを変える者として苹果が登場する。
    苹果が来た事で(その名前の通り)、彼女は晶馬の林檎として影響を与え始め、彼の林檎の一部となり彼が世界に対して閉じていた部分を満たしていった。
    彼は自分の中の壁を越えるまでそれを認めようとはしなかった。
    比喩的な林檎と苹果のキーとなる違いは、苹果は彼に目的を与えていない事で、何故なら彼はもうそれを持っていたから。
    彼女が与えた物は運命の鎖を断ち切る意思であり、それは彼に欠けていた物だ。

    ゆりと多蕗が愛することについて話していたが、それこそが林檎だ。
    愛する事は人生に意味を与える。
    それが無くなれば不必要となり、存在しないのも同然となる。
    それは死にも等しい。
    これが冠葉が粉々になった事、子供ブロイラーで描かれた事の説明になる。
    彼は自分の目的を放棄する事で見えなくなり、死んだ。
    それに対し晶馬は自分の林檎(愛)を持っていたが、彼は苹果の替わりに自分を犠牲にし炎に焼かれ死んだ。
    陽毬は呪いによって死ぬ事を決めた子羊だ。
    彼女を救うためにここまで長くかかったのはそのためだ。
    眞悧が言っていたように、檻は彼らの人生と社会への関わりを現わしている。
    ”その箱は自分自身だよ”、箱は人との間の壁なんだ。
    冠葉と晶馬は”望まれない子供”であり、愛に飢えていた。
    冠葉はそれを陽毬から受け取った。
    それを受け取った晶馬は彼らと家族を作った。
    2人に分け与えられた愛は最終的に陽毬の命を救うために陽毬の元に戻っていった。
    (林檎に関して何を表しているのかまとめるのは難しいかもしれない。ピングドラムにおいて林檎は人生に意味を与える愛と目的の両方を暗喩している)
    彼らは彼らの檻から解放されたわけじゃなかった。
    ただ分け合い、飢え死にしなかっただけだ。
    眞悧は愛も目的も見つけられず、冠葉が晶馬にしたように手を差し伸べられもしなかった。
    彼は他の人達との壁となる彼の檻の中に一人きりで、世界を憎み破壊しようとしていた。
    ”林檎は愛のために死ぬ事を選んだ人へのご褒美だよ”
    だから2人の少年たちは愛を選び(第1話で林檎について言っていた会話のように)彼らは自分達自身の林檎によって報われたわけだ。
    ”始めから”スタートすることで。
    この林檎がピングドラムだ。

    晶馬が陽毬に与え、陽毬が冠葉に与え、冠葉が晶馬に与えた。
    輪るピングドラム

    誰かがredditに書いてた。
    海外の反応とか 「愛だよ」『輪るピングドラム』最終話「愛してる」を見た海外の反応

    2ヶ月前  /  リアクション(0)  /  出典: asnyaro.blog129.fc2.com